マージナルアナリシスモデル統合プロダクトサポート(IPS)と国際規格

まえがき

後方支援(ロジスティックス)の要諦は、「必要な時期」に「必要な場所」へ「必要な質と量の物資」を準備し、任務遂行に供することにあります。

自衛隊(戦う集団)にあっては、人的・物的戦力を運用することを「正面」と捉え、これらの戦力を準備し、作戦全期間を通じて適時適切に提供(支援)していく活動を「後方」と捉えており、相互に密接に連携して目的を達成するように機能化されているようです。

本書は、この「後方」の物的戦力における諸活動に焦点を当て解説していくこととします。その後方の諸活動は、装備システム等(物品)の所要の見積、決定及び取得、装備システム等(物品)の所要量の配分及び保管並びに物品の処分、装備システム等の機能維持に係る整備、装備システム等の移動の伴う輸送があり、それぞれの業務は不離密接に連動し、どれかが欠落すると後方支援(ロジスティックス)はたちまち機能不全に陥ることになります。

また、後方は一朝一夕に態勢を完整することは出来ないという特質を有しており、各業務における手続所要等が発生し、どうしても時間的制約が発生します。同時に組織的な予算的制約は、正面・後方共に抱えており、効率的な予算執行は当然の責任として課せられています。

このような環境にあって、後方担当者は、作戦運用に資する装備システムの寿命を最大化し、『維持コストを最小限に抑制した後方支援要領』の確立を要求されており、その実現は後方担当者の永遠の課題となっています。英国でもDo More for Less(より少ない予算でより多くをやる)」という言葉で言われています。この課題解決の一つの手段、或いは参考になるべく本書を作成しました。

我が国の防衛力が効率的かつ効果的に発揮できるよう、日夜心を砕いているみなさまのお力になれますように。

※「維持」の活動には、整備、補給、調達及び輸送の諸活動が含まれます。

本書の概要

本書では後方支援の原則を確認し、昨今欧米で行われているデジタルモデリングによる分析・検討を紹介します。そしてモデリングをベースとしたアウトソーシング形態としてのPBL事例を紹介し、最新の後方支援データ標準等の国際規格であるSシリーズやIPS(統合プロダクトサポート)の標準化について紹介します。

装備システムの後方支援と任務達成指標(第1章)

「後方支援」は、装備品やシステム等の部品を修理・交換しながら、装備システムの寿命を最大化させつつ、費用対効果の高い後方支援態勢を立案、評価する活動です。さらに、サポート態勢の変化、装備システムの配備時期(時間軸)等を考慮にいれた上で、任務達成度の向上を目指すといった分析を行う任務もあります。

本章では、一般的な「後方支援」のキーワードについて解説し、わが国で一般的に使われている部品所要量の求め方について確認します。現在一般的に使われているシングルアイテムモデルと、欧米のマージナルアナリシスモデル(VARI-Metric)の違いを解説します。

マージナルアナリシスモデル(第2章)

DX時代の後方支援はモデルベースの分析を行う方法となります。現実世界と、コンピュータシステム内にあるマスモデルは「デジタルツイン」として車の両輪となります。これらモデリングに必要なデータを収集するには、標準化されたデータの定義が必要です。

また、デジタルモデルといっても現実世界をサイバー空間に忠実に再現するには、不断のデータ整備が重要です。そのための装備システムを現状の事務処理系ERPシステムやMROシステムをベースにモニタリングが出来るような改善をしてゆくことが重要となります。

モデルの活用と後方支援の最適化・改善分析(第3章)

このようにして出来上がるデジタルツインを活用して、新しい後方支援活動を始めます。ここで紹介するモデルは、その構成要素である部品(補用品)による改善、整備や修理態勢による改善、装置や部品の設計に遡っての改修など段階的な分析・改善が行えることを目標としたモデリングです。

さらに自組織だけで対応することにも限界がありますので、適切なアウトソーシングによりさらに効率化を図る方法(PBLなど)もあります。その際は、複数組織で任務達成度を客観的に評価する指標としてもモデリングは重要になります。

そして、後方支援分析の代表例である「故障モード、影響致命度分析(FMECA)」「整備タスク分析MTA)」「修理レベル分析LORA)」について概略を説明します。

任務達成のためのフリートマネジメントシステム(第4章)

指揮官の任務達成には「フリートマネジメント」が重要です。装備システムを運用に使用するセットをフリートと言うわけですが、フリート全体の能力を最大発揮するための現状把握を、デジタルツインを活用して、指揮官~後方支援担当者~システム担当者などの役割ごとに行うべき活動を考察しました。

欧米のPBL・PFIの実績と動向(第5章)

究極のアウトソーシングであるPBLについては、先行する欧米でも必ずしもうまくいっているものばかりではありません。本章では、実際にそれらの契約を目の当たりにしてきた方々のレポートを事例紹介とともに掲載しています。

ここでは、地道に成功体験を重ねている英国での事例を紹介します。英国ではPBLという言い方はしていません。PPPやPFIなどに分類されることもある「民間の手法を活用する」取り組みです。

後方支援データの国際規格(SシリーズとIPS)(第6章)

1970年代、米国でMIL-STD-1388から始まった後方支援分析とデータの標準化について、その後の経緯と、現在のSシリーズ国際規格に至る過程を整理します。またSシリーズ各国際規格の概略を紹介します。

TES(Through-life Engineering Services)(第7章)

航空機等(装備システム)の運用者が収集する実績情報と、設計・製造時のデータをシームレスに連動させることにより、従来はフェーズ毎に完結して行われてきた標準化や効率化を、ライフサイクル全体のものとする取り組みについて紹介します。

本章で紹介するTESは、現時点では英国の標準規格であるPAS 280として策定されており、Sシリーズを含む後方支援活動体系化の上位フレームワークの説明となっています。


第1章  装備システムの後方支援と任務達成指標

私達が後方支援の対象としている「装備品等(装備システム、物品)」とは何でしょうか。例えば、軍/民問わず航空機や艦船、車両などで、数十年の使用(ライフサイクル)があり、定期的な整備や修理により機能を維持しながら使ってゆく装置のことです。発電所やガスタービンエンジン、あるいはエレベータなどの「プラント」などの機器も該当すると考えます。

なお、欧米の文献では「System/Asset」と称することが多いですが、日本語の「システム/アセット」の語感と少し違うように思いますので、本書では「装備システム」と記すこととします。

そして「後方支援」とは、装備品やシステム等の部品を、修理・交換しながら、装備システムの寿命を最大化させつつ、費用対効果の高い後方支援態勢を立案、評価する活動です。さらに、サポート態勢の変化、装備システムの配備時期(時間軸)等を考慮にいれた上で、任務達成度の向上を目指すといった分析を行うことでもあります。

なお、本書で強調したいことは、「より少ない予算でより多くをやる(Do More, for Less)」方法を考えることです。現状の方法でも後方支援活動は出来ているわけですが、小さな無駄も無くして、さらに効率的にやる方法を工夫することも重要ではないかと考える次第です。

【1】後方支援

まず最初に「後方支援」という言葉の再確認をしてみます。Wikipediaを検索すると、以下のように書かれています。

後方支援(Wikipedia)

後方支援とは、軍事作戦を支援するために作戦部隊に対して行われる計画的かつ組織的な業務を総称する。作戦部隊を後方から支援するために必要な業務は非常に多岐にわたる。 主要な後方支援業務は総括的に兵站業務と呼ばれ、それ以外の後方支援業務とは区別される。これら、多様な後方支援業務によって軍隊組織の運用と作戦の円滑な遂行を支えている。 兵站業務:兵站業務には、補給、輸送、整備、回収、建設、衛生、労務、役務が含まれる。」といった説明がなされている。

なお、英語では「Logistics」という単語が使われており、日本での「ロジスティックス」の意味と少し異なっています。以下は、同じWikipediaの「ロジスティックス」の「歴史」項の記述です。

ロジスティックス(Wikipedia)

もともとロジスティクスは兵站(へいたん)を表す軍事用語であった。軍事用語としては、作戦計画に従って兵器や兵員を確保し、管理し、補給するまでの全ての活動を言う。前線で戦闘に従事する前方業務に対して、後方業務または後方支援と呼ばれる業務領域を指す。その後、産業構造の高度化により、ビジネス用語としても用いられるようになった。

【2】KGIとKPI

それでは、後方支援の価値や実績・成果はどのように測り、指標にはどのようなものが使われているのでしょうか。この世界に良く出てくる「KGI/KPI」の定義は、以下のようになります。

KGI(Key Goal Indicator)

KGI(Key Goal Indicator)とは、ビジネスの最終目標を定量的に評価するための指標です。「重要目標達成指標」とも呼ばれます。売上高や成約数、利益率などがこれに当てはまります。

KPI(Key Performance Indicator)

KPI(Key Performance Indicator)とは、KGIを達成するための各プロセスが適切に実施されているかどうか定量的に評価するための指標です。「重要業績評価指標」とも呼ばれています。

KGI

KGIを議論するにあたり、ここで自衛隊など軍隊の場合にあてはめてみます。軍隊におけるKGIは、戦いに勝つことなど、いわゆる「任務達成」することであると言えます。

軍事力とは、「置かれた軍事的戦略環境において、要求された軍事的効果を達成する能力」です。軍事力は、軍事的構成(組織、編制、装備)等の軍隊の構造、及び、その中の要素または要素グループの準備性(Preparedness)として分析することができます。

準備性は、言い換えれば、緊急事態への即応性(Readiness)と体制・態勢維持能力(Sustainability)からなり、これらの指標を分析して、どのような任務達成をするか考える必要があります。この部分は、指揮官としての人間の考えが必要であり、その意思決定を支援するためのKPIなど指標の提示や状況のビジュアライズを提供することが重要です。

KPI

KGIを達成するための指標としてKPIが定義されます。後方支援業務の効率性を測るためには、例えば、以下のようなKPIが使われています。

  • 可用性(Availability)
  • 信頼性(Reliability)
  • 整備性(Maintainability)
  • 支援性(Supportability)

本書では、これらのKGI/KPIを「後方支援」活動状況から常に定量的に確認できることが「モデリング」と「モニタリング」という手法であるということを説明します。

【3】可用性、信頼性、整備性および支援性

本項では、このあと説明するモデルで良く使われるいくつかのKPIについて簡単に紹介します。これらの指標は、定義を明確にし、実際の現場で定量的に測定されうるものでなくてはなりません。

  • 可用性(Availabilityとは、装備システムの想定運用期間における可動時間と停止時間の合計に対する可動時間の比率です。欧米ではAo(Operational Availability/エーオー)は、後方支援業務におけるもっとも一般的かつ有用な可用性の定義です。可用性の測定基準(メトリクス)は、PBL契約など個別の用途に合わせて明確に定義する必要があります。(日本では「可動率」という用語のイメージに近いです。)
  • 信頼性(Reliability)はミッションと後方支援に分けて定義されます。

ミッション信頼性(RMMission Reliability)とは、冗長性を確保するか、または障害の発生に際してもその機器が指定されたミッションを実行し続けることができる等、障害に際しても装備システムが機能し続ける能力を表します。

後方支援信頼性(RLLogistic Reliability (RL))とは、後方支援をどれだけ頼れるかという指標です。運用パフォーマンスに影響を及ぼす全ての障害を把握し、必要とする時点で活動を修正する必要があるため、後方支援業務分析にとって最も重要な要素です。

  • 整備性(Maintainability)とは、必要な全ての人員、ツール、補用品などがすぐに利用可能であるという条件のもとで、装備システムを完全に使用可能状態(Serviceable)に回復させる容易性を表す指標です。

整備性の要素に含まれるテスト容易性(Testabilityは装備システムの設計と診断に密接に関係しています。なお、検査/診断に要する時間は修復までの時間に含まれます。

  • (Supportability)の低さや不支援性(US:Un-supportability)に係る指標は、状態監視を含む予防整備および是正(故障回復、改修)整備のための装備システム等の停止時間と、関係する管理および後方支援にかかる遅延時間(ALDT:Administrative & Logistic Delay Time)の合計によって決まる指標です。不支援性(または総停止時間)は、装備システムとコンポーネントの双方の観点で測定されるべきものです。

可用性(availability)とコストは重要な要素であり、ライフサイクルコストLCCは結果(成果)に大きな影響を及ぼします。

また、装備システムを使用しているライフサイクル全体(Through-lifeにおいて、関係者が共通に認識できるために、計測基準(common metricとしてのLCCは不可欠です。そして、組織と予算の構造によってその後の利用/活用(behaviors)のレベルが決められます。そして、維持・整備の財源(予算)を最適化するためにはモデリングとシミュレーションが極めて重要であることが、欧米の実績で証明されています。

Ao(Operational Availability)も、プロジェクトの目的に沿って、注意深く定義する必要があります。装備システムのフリート(飛行機編隊)の、ある期間(契約期間中)の、装備システム運用経費並びにメンテナンス経費のトータルLCCを最適化する時などは、特に、Aoを、どのように定義づけるかにより、プロジェクトの目的達成の成否に直結します。一般的には、フリートマネジメントに使われるAo定義(指定されたある期間に、指定された基地にあるフリートサイズ―総機数のうち、24時間いつでも何機を戦闘ミッションが実行できる状態にしておくか)、が使われますが、日本の防衛環境やこれまでの慣行を考慮に入れて、明確に定義しておく必要性を感じます。

【1】後方支援コストの説明とモデリング

わが国をはじめ欧米諸国においても、装備システムの購入・維持にかかる予算や経費には国民への説明責任があり、後方支援コストも同様に論理的に説明される必要があります。

特に装備システムのAoあるいは「可動率」に決定的に影響を与える要素として注目されるのが、補用品の購入経費です。調達リードタイムの長い補用品の所要を予測する現状の見積り方法(補用品の所要量の算定)を振り返り、その上で欧米での活用が始まっている方法を紹介します。

(1)補用品の所要量算定(シングルアイテムモデル)

後方支援の重要な要素である部品(補用品)の購入は、それぞれリードタイムが数年にわたる長期なものも多く、国の算定した補用品を年1回の取得契約で準備しなければならず、その予測精度がAoあるいは「可動率」に影響を与えます。現状においては以下のような考え方で所要量算定が行われています。これらは、「ベージャン法」と呼ばれ、基本的には「シングルアイテムモデル(各部品ごとに過去の使用/請求実績から将来の購入量を予測する手法)の一種と言えます。

(2)マージナルアナリシスモデル(限界分析モデリング)

対して、欧米で主流となりつつあるVARI-Metricによる算定は、「限界分析(マージナルアナリシス)モデル」(購入することによってどの部品が最もKGI/KPIに貢献するかという試算を逐次行うことにより購入品を決定する方式)と呼ばれています。

従来方式のベージャン法も一種のモデルと言えますが、VARI-Metricに比べるとモデル(計算方法など)はシンプルで、都度KPIを確かめることはしません。VARI-Metricの場合は、Aoなど実際の後方支援活動で評価されるKPIを全ての購入候補に対して試算し、その中で最もKPIに寄与する部品を優先的に購入するという数値モデル(以下、「マスモデル」)です。


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00 装備品維持効率化のための実用モデル活用のすすめ

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