防衛基盤整備協会 小島 和浩 

はじめに

防衛省と秘密情報(Classified Information)を含む契約をした場合は、その秘密区分に応じた特約条項が付加されます。契約事業者は、当該契約を締結することで秘密保護に関する法令等に基づく義務が課されることになり、契約後に提供される秘密情報に対して適切な秘密保護措置を講じなければならなくなります。しかしながら、その根拠となる法律やそれに対応する防衛省の規則等が多岐にわたり複雑な規則体系となっているため、措置の細部が理解し難い状況にあります。

また近年、防衛産業は、同盟国から導入した先進装備品の生産・維持整備(F-35等の米国FMS調達装備品の国内企業による製造・維持等)や共同研究開発(日米によるSM-3、日英伊による次期戦闘機等)が増加するとともに、国家施策として防衛装備品の移転を強化する等、益々国際化が進展しつつあります。これらの事業に参画する防衛産業の国際的な協力は、各国と秘密情報を円滑に共有することが必要であり、国際水準を踏まえた産業保全の強化が前提となります。

一方で、防衛産業は、サイバー攻撃を含む諸外国の情報活動などのリスクに晒されています。このため防衛産業は、我が国の防衛上の秘密情報を適切に保護しながら自衛隊の装備品等の開発・生産・維持整備を行い、また、同盟国・同志国等の秘密情報をその国と同等のレベルで保護し防衛装備・技術協力に参画していく必要があります。防衛産業が秘密情報を適切に保護すること、つまり「防衛産業保全」は、防衛生産及び防衛装備・技術協力の前提なのです。

この様な状況の中、防衛装備庁は防衛産業保全制度を分かりやすくし、防衛産業の強化と国際協力を両立させるために、同盟国・同志国等の産業保全プログラムやその運用マニュアルに相当する「防衛産業保全マニュアル(Defense Industrial Security Manual)」を制定しました。具体的には、防衛産業に適用される秘密情報の保護に係る法令、規則等に基づく防衛産業における秘密情報の保護措置を一元的に整理するとともに、国際的な事業に関連する保全措置を説明したものを作成しました。

防衛装備庁は、この防衛産業保全マニュアルを国内の防衛産業に普及させるとともに、同盟国・同志国等の政府・防衛産業とも共有し、防衛装備・技術協力を含めた国内の防衛生産・技術基盤の強化を図ろうとしています。

防衛装備庁のチャレンジ
(同盟国・同志国等と同等の防衛産業保全マニュアルの作成)

防衛省で取り扱う秘密情報は、特定秘密保護法に基づく「特定秘密」、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(以下、「MDA 秘密保護法」という。)に基づく「特別防衛秘密」、そして自衛隊法等により保護されている「秘」の3種類の秘密があります。防衛省は、これらの法律で規定される秘密情報を、国際的な秘密区分である TOP SECRET、SECRET、CONFIDENTIAL  と実質的に同等である秘密区分に分類することが出来ると説明しています。それぞれの対比については、下記の表のとおりになります。

防衛省の制度で定める秘密区分国際的な秘密区分
特定秘密(機密)/特別防衛秘密(機密)TOP SECRET
特定秘密/特別防衛秘密(極秘)SECRET
秘/特別防衛秘密(秘)CONFIDENTIAL
防衛省秘密と国際的な秘密区分の対比表

一見、防衛省の制度で定める秘密区分は、国際的な秘密区分に対応しているように思えます。しかしながら、実際の運用面においては、防衛省はそれぞれの法律の下に関連する訓令等の関係規則を整備しています。従ってそれぞれの秘密情報は、秘密区分に応じた同じレベルの保護措置ではなく、下図で示すそれぞれの関係規則に基づき規定された取扱要領により保護するという、複雑な規則体系となっています。

秘密保護に関する法律と防衛省規則類

他方、同盟国・同志国等においては、企業が秘密情報を保護するための取扱要領等を一元的に整理した規則(産業保全マニュアル)が存在しています。例えば米国では、大統領令により、「米国連邦政府機関が契約相手方に対して秘密情報の保護を義務付ける制度(NISP(National Industrial Security Program:国家産業保全プログラム))」が設立されました。更に、この大統領令に基づき、「米国国防省が連邦政府内を主導的に取りまとめた、NISPOM (National Industrial Security Program Operating Manual:国家産業保全プログラム運用マニュアル)」というマニュアルが作成されました。そしてこのマニュアルを公開することで契約相手方に対して秘密情報保護の細部事項を明確に示し、産業保全のルールを可視化しています。この様に、米国やNATO加盟国は、相互の共同軍事計画を促進するために産業保全のルールを可視化し標準化を図ること等により、秘密を取り扱う事業においても国際協力が円滑に実施できるように努めています。

防衛産業保全マニュアルは、同盟国・同志国等から長年指摘されていた防衛関連企業の保全体制の不備(複雑な規則体系を同盟国等が理解できない)を解消し、実質的に同等なものを作ろうとしたことで、我が国の保全水準の信頼性向上と国際共同研究開発の推進が期待できる一歩を踏み出すものになりました。

防衛装備庁は、今回作成した防衛産業保全マニュアルのポイントを以下のように説明しています。

防衛産業保全マニュアルのポイント

  • 我が国の防衛産業保全制度を一元的にわかりやすく整理
  • 国際的な産業保全のルールを念頭に置いて防衛産業保全制度のルールを全般的に紹介
  • 事業者秘密取扱適格性(Facility Security Clearance)や従業者の秘密取扱適格性
    (Personnel  Security Clearance)などの産業保全のルールを明確化
  • 秘密保護契約の要領について
    (防衛装備庁と契約関係の無い国内企業への外国政府等の秘密を取扱わせる際のルール)
  • 国際的な立入申請や会議等における保全ルールについて

防衛産業保全マニュアルは下記の項目で構成されており、防衛装備庁が求める保全水準について、入札参加前の段階から契約後の各種手続等や秘密情報の保護に必要な保全措置等を分かりやすく示すことと、同盟国・同志国等からの防衛産業に対する保全水準の信頼性の向上及び国際共同研究開発等の実施に資することを前提に作成されています。

序章 防衛産業保全について第9章 秘密文書等の作成及び表示
第1章 秘密制度第10章 秘密保全施設
第2章 保全に関する入札資格審査第11章 秘密を取り扱うシステム
第3章 事業者秘密取扱適格性(FSC)第12章 立入手続き及び会議
第4章 秘密保護契約第13章 下請負契約
第5章 秘密取扱適格性(PSC)第14章 保全検査
第6章 保全教育の実施第15章 事故発生時の報告及び措置
第7章 秘密文書等の接受第16章 秘密文書等の返却及び破棄
第8章 秘密文書等の閲覧・貸出第17章 国際的な事業に関連する保全措置
防衛産業保全マニュアルの目次

例えば、防衛省と秘密に係る契約をした場合の保全措置のプロセスについては、下図に示す各章に記載されています。これらの章を見ることで、契約事業者が取るべき措置等を契約の流れと合わせて理解することが出来ます。

今まで防衛省の秘密体制はよくわからないと思われていた方も、防衛産業保全マニュアルは読みやすく整理されていますので、一読して防衛省契約に係る秘密の取扱業務についての理解を深めて頂ければと思います。

おわりに

防衛装備庁は、複雑多岐にわたっていた防衛産業における秘密情報の保護に関するルールを一元的に規定し、同盟国・同志国等からも理解されるような防衛産業保全マニュアルを作成しました。しかしながら、まだ彼らと同等のレベルには達していません。

例えば、セキュリティクリアランス(適性評価)制度に関する事項です。この制度は、身辺調査を実施して情報を取り扱う者の信用度を確認し、情報の重要度に応じて取扱者を限定するためのものです。既に同盟国・同志国等では導入されていますが、日本ではまだ検討段階(当号のセキュリティのさじ参照)であるため、防衛産業保全マニュアルには明確な判定基準等が規定されていません。日本企業が国際共同開発に参画したくても、情報保全が不十分とみなされ重要情報を共有・交換できない事案も発生しています。

教育についても、防衛省から教育資料を提供することで企業の負担軽減と教育の質の統一を目指していますが、具体的にどこがどのような資料を作成して、いつ配布をするかは決まっていません。

また、このマニュアルの法的根拠が米国のように定められていないことも問題です。現時点では、対象となるのは防衛装備庁と契約した事業者であり、他自衛隊との契約においては、このマニュアルに準じて秘密保全措置をとることとしています。早急に根拠を制定し、防衛省一丸となって防衛産業の保全に取り組むことが必要です。

一方で朗報は、防衛装備庁が今年5月からNATO諸国が設立した多国間産業保全ワーキンググループ(MISWG)の正式メンバーとして参加が認められたことです。日本は、アジアで唯一のMISWGメンバー国となりました。今後、防衛装備庁が参加国の教訓や知見を日本の制度作りに生かし、防衛産業保全マニュアルを充実してくれることを期待しています。

参考文献等:「防衛産業保全マニュアル」2023年7月防衛装備庁
     :防衛装備庁説明資料「国際水準を踏まえた防衛産業保全の強化
      (防衛産業保全マニュアル(DISM)の整備)」令和5年7月

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA