筆者:防衛基盤整備協会 小島 和浩

1.背景

政府は、令和4年12月に ① 国家安全保障に関する最上位政策文書である「国家安全保障戦略」、② 防衛の目標を設定しそれを達成するためのアプローチと手段を示す「国家防衛戦略」(防衛計画の大綱から新たに策定)及び ③ 我が国として保有すべき防衛力の水準を示し、その水準を達成するための中長期的な整備計画である「防衛力整備計画」(中期防衛力整備計画から新たに策定)を策定しました。

その中で、防衛生産・技術基盤は、自国での装備品等の研究開発・生産・調達を安定的に確保し、新しい戦い方に必要な先端技術を装備品等に取り込むために不可欠であり、防衛装備品、自衛隊員と並んで防衛力そのものであると位置づけました。

そのため、防衛産業が高度な装備品等を生産し、高い可動率を確保できる能力を維持・強化していくためには、国家として必要な予算措置等を行い、これに必要な法を整備し、更に政府系金融機関等の活用による政策性の高い事業への資金供給を行うこととしました。

この様な背景には、我が国を含む国際社会が、昨年勃発したロシアによるウクライナ侵略が示すように深刻な挑戦を受けており、不安定ながらも均衡を維持していた局面が壊れ、新たな変化が起こり始めていることに危機意識を強めていることがあげられます。

特に、安全保障理事会常任理事国であるロシアによるウクライナ侵略は、国際秩序の根幹を揺るがすものであり、欧州方面における防衛上の最も重大かつ直接の脅威と受け止められています。また、ロシアは、我が国周辺でも北方領土を含む極東地域において、活発な軍事活動を継続しています。こうしたロシアの軍事動向は、我が国を含むインド太平洋地域において、中国との戦略的な連携と相まって防衛上の強い懸念となっています。

そして中国は、「今世紀半ばまでに世界一流の軍隊を作る」という目標を掲げ、詳しい内容を公表しない不透明な国防費を継続的に高い水準で増加させ、核・ミサイル戦力に加えて宇宙領域を含む軍事力を広範かつ急速に増強しています。また、東シナ海、南シナ海等における海空域において、力による一方的な現状変更の試みを強化しています。

さらに隣国北朝鮮では、体制を維持するために大量破壊兵器や弾道ミサイル等の増強に集中的に取り組んでおり、特に2022年はかつてない頻度で弾道ミサイルなどの発射を繰り返し、1年間で過去最多の37回、少なくとも73発を発射しました。ICBM級の「火星15型」、「超大型ロケット砲」と呼ぶ短距離弾道ミサイル、「ファサル2型」と呼ぶ戦略巡航ミサイル等様々なタイプのミサイルを発射することで、ミサイル関連技術とその運用能力を急速に向上させています。こうした北朝鮮の軍事的行動は、我が国の安全保障にとって、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威となっています。

また、最近の科学技術の急速な進展により開発された先端技術が安全保障の在り方を根本的に変化させることに気づいた各国は、将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得るAI搭載無人機や高出力レーザー兵器等のほか、新素材や材料関連技術等を競い合って開発しています。これらの性能発揮に欠かせない、希少な金属「レアメタル」をはじめとする鉱物資源等の獲得競争が激化していることも大きな問題になっています。

従って我が国は、国家として自衛隊の戦い方を支える防衛力を確保するため、防衛力整備の一環として、① 力強く持続可能な防衛産業の構築、② 様々なリスクへの対処、③ 防衛産業の販路の拡大等を、より踏み込んだ形で取り組みが実施出来るように、「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤強化に関する法律」(以下「防衛生産基盤強化法」という。)を整備し、防衛産業基盤の維持・強化に係る各種施策に取り組む体制を構築しました。

防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤強化に関する法律における基盤強化の措置について
防衛生産基盤強化法イメージ図
(防衛省ホームページから引用)

2.防衛生産基盤強化法で定める強化策

令和5年6月7日に成立した防衛生産基盤強化法は、防衛産業の様々なニーズ・課題に対処し、防衛事業に必要な装備品等の製造等を行い、高い稼働率が維持できるようするために各種設備投資等を効果的に推進しようとするもので、以下の4つの「基盤強化の措置」により安定的な製造の確保を目指しています。

(1)供給網の強靱化

装備品製造等事業者(自衛隊の任務遂行に不可欠な装備品等であって、その製造等が停止された場合に、防衛省が必要とするときの調達に支障が生ずるおそれがある装備品等(以下「指定装備品等」という。)を製造する事業者)が、指定装備品等の製造等に必要な原材料、部品、設備等の供給が途絶するおそれが高い場合、装備品等の製造等に支障をきたすことがないよう、供給源の多様化等を実施することが可能になるよう設定されました。具体的には、以下のような措置を実施することが支援の対象になります。

  • 供給途絶リスクに備えて、原材料等の輸入元を当該リスクのある外国から、よりリスクの小さい複数の外国に切り替えること
  • 希少性の高い原材料等を、調達・補給計画等の想定を踏まえ備蓄しておくこと
  • 指定装備品等の製造等に、供給途絶リスクのある原材料等を必要としないようにするため若しくは当該原材料等がより少量で足りるようにするための原材料等の国産化等のための生産技術の導入又は代替品及び仕様変更品のために研究・開発・改良をすること
  • 指定装備品等に誤作動や情報漏えいを生じさせる部品やプログラムの混入の余地を排除するため、製造等の工程や設備等を変更等すること

(2)製造工程効率化

民生分野では近年、技術革新が著しいAIや3Dプリンタ等の先端技術が製造設備等に取り入れられ製造の高度化が急速に進展していますが、防衛産業においては、装備品等の少量多種生産、投下資本回収の長期化、安全保障環境への依存による将来需要の不確実性があり、設備の老朽化、作業員の高齢化等による生産性や品質の低下、採算の合わない防衛事業からの撤退の可能性等、様々なリスクが顕在化してきています。

このようなリスクを低減するためには、原価低減、柔軟な製造体制の構築、開発期間や調達リードタイムの短縮等、指定装備品等の製造工程等の効率化を図る取り組みが必要不可欠で、本措置では以下のような施策にチャレンジする企業が対象になります。

  • 製造工程の合理化・省人化
  • 熟練作業者の経験値等、製造工程上のノウハウの電子データ化とその分析
  • 装備品等の製造等に特有の、多品種少量生産や長期間にわたる部品等の製造等に柔軟に対応するための製造方法等の改善
  • 製造等に供する設備の故障頻度の低下

(3)サイバーセキュリティ強化

防衛省は「防衛産業サイバーセキュリティ基準」(装備品等及び役務の調達における情報セキュリティの確保について(防装庁(事)第137号。令和4年3月31日))を定め、令和5年度からの保護すべき情報を含む契約に対して当該基準の適用を開始しました。

新たな基準は、米国国立標準技術研究所(NIST)が作成したNIST SP 800-171と同程度の強度となるような管理策を採用したもので、サイバーセキュリティに関する新たな考え方や技術が随所に織り込まれています。従って、複雑化・巧妙化するサイバー攻撃に対応し機微な情報を保護するための有効な手段である一方で、その実装には企業に大きな負担を強いります。

このため、防衛省では、当該基準を満たした官民共用のクラウドである防衛セキュリティゲートウェイを提供することとしたほか、自社が保有する保護すべき情報を取り扱う情報システムに対して、当該基準に適合させるために追加的な情報セキュリティ対策を講じた場合には、それらの経費に対して対価を支払うこととしました。対象となるセキュリティ対策の例は、以下の通りです。

  • 多要素によるシステム利用者の認証
  • システムの常時監視とログの分析
  • 脆弱性スキャンの実施と結果の分析
  • 情報セキュリティ事故等への対処テストの実施
  • 電子錠等を備えた入退機器による施設の物理的セキュリティの確保

(4)事業承継等

指定装備品等の製造等の事業を行う装備品製造等事業者が当該事業から撤退するかどうかは、当該事業者の経営判断によるものですが、防衛省にとってはこの撤退による装備品等の供給途絶や、事業承継等に係る調整の長期化により、装備品等について納入の遅延や可動率の低下が生じた場合には、自衛隊の目指す戦い方が出来なくなる恐れがあります。

そのような事態を生じさせないため、装備品製造等事業者が円滑かつ確実に事業承継等を進めることができるよう、製造設備や技術資料等の取得等を行うこととしました。この措置では、装備品安定製造等確保計画の認定を受けた装備品製造等事業者が、当該計画に基づいて実施する措置の例は、以下のようなものとしています。

  • 安定的かつ効率的な製造能力の確保が期待できる施設や設備の取得等
  • 製造等に必要な技術資料やライセンスの取得
  • 教育訓練等による従業員の育成

3.財政上の措置に関する事項

成立した法案に基づき、防衛省からの財政上の支援を受けるためには所定の手続きが必要になります。まず、対象となるのは、指定装備品等を製造する装備品製造等事業者です。この装備品製造等事業者とは、防衛省と直接契約して完成品を納入するプライム企業だけではなく、プライム企業に部品・構成品を納入するサプライヤーも、対価支払いの対象となっています。

そして、まだ公表されていませんが防衛大臣が定める「装備品安定製造等確保計画」の書式に則って必要事項を記載し提出することが必要です。計画提出及び対価需給の流れは、以下の通りです。

  • 装備品製造等事業者は、装備品等の安定的な製造等確保のため特定取組(供給網強靱化、製造工程効率化、サイバーセキュリティ強化、事業承継等)に係ることで発生する経費を含めた装備品安定製造等確保計画を作成し防衛省に提出
  • 防衛大臣は、装備品安定製造等確保計画が防衛省に納入される指定装備品等の安定的な製造等に不可欠か、円滑に実施されるものであるかを確認した上で認定
  • 防衛省は、特定取組に係る契約を締結(主契約の紐づけ契約として随意契約を締結)した認定した装備品安定製造等確保事業者に、必要な費用を直接支払

4.おわりに

防衛省は、今まで防衛産業に対して要求することはあっても支援をしようという考え方はありませんでしたが、今回の法律および予算措置は、装備品製造等事業者が防衛事業に従事するメリットを具体的に期待できるようにすることを目標に設定されました。

装備品製造等事業者が防衛事業に携わり、更に継続すると判断するに足る環境を整えなければ自衛隊の活動そのものが成り立たなくなることに防衛省自らが強い危機意識を持ち、装備品等の安定的な生産のために製造基盤の維持・強化を進めようとしています。

防衛省と直接契約している企業だけではなく、その下請けの企業にまで光を当てようとしていますので、必要な対価を得るためには装備品安定製造等確保計画の作成・提出等の手間はかかりますが、せっかくの機会ですので、是非、この制度を活用してみてください。


引用資料:防衛装備庁作成「装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する基本的な方針(案)」

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